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としまる日記

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2005-07-18 映画評論家 佐藤忠男さんをかこむ会

_ 盲導犬 フォローアップ研修会かえりました no3

としまるです 13日のフォローアップ研修会は無事終了です。

ホテルへかえりました。ホテルは、駅隣接のヴィアイン広島というホテルです。ホテルの電話番号は082−264−5489です。

駅に近く大変便利なホテルでした。 点字ブロックも設置されていましたし、 音声がすこしちいさめでしたが、エレベーターには音声もでていましたし、 エレベーターの各階を押すボタンの配列もわかりやすく 点字も打ってありました。

奇数偶数で 奇数は左偶数は右と並んでボタンがあり、下から 1 2 1のうえが3となっています。

エレベーターはもう1台あり、 そちらは障害者用です。入って右側と左側にエレベーターの押しボタンが設置してありますが、こちらは 横にボタンがならんでいます。2段になっていて、 左下側の列から 1階2階3階とならんでいます。 私たちの宿泊の階は5fですので 左からかぞえていって5番目のボタンを押しました。部屋は エレベーターのとなりの501号室

私の部屋は ドアを入って きーを右壁手前に 鍵を入れる場所があり、鍵を入れると 電気関係のスイッチがはいります。いちろう君の寝場所をどこにしようかと考えましたが、 ドアあけて左下にドアのあたりゴムが床にありありました。

床から壁の近くにでているあたりゴムです。丸いノブのようなかんじですね。そしらにリードをひとまきしくるっとしばってちいさなわっこをつくって、そのわっこをあたりゴムの上からかぽりとはめました。

ささ 探検 探検と左壁にはユニットバスです。ドアをあけて入ってみると 正面に様式トイレ。 嬉しい事に ウォーしゅレットもついています。 探検探検。ウォーしゅレットに座って 左側隅に ボタンがいくつかありました。手前が停止ボタン そして 洗浄ボタン ビデのボタン そして 推量の調整ボタンでしょうか その置くの壁側にトイレの後ろに 水を流すレバーがありました。

ユニットバス正面右からトイレ 中央に洗面台 そこに混合水洗があります。 蛇口はすこし長く高井いちにありますので 左にもってゆき左の浴槽に水をためるように 左右に動くようになっています。シャンプーとたぶん ボディシャンプーの容器でしょうか どちらがどちらかわかりませんが おいてあります。バスタオルは正面右おく天上あたりに見つけましたし、普通のタオルをドアあけて右側に発見しました。 紙巻き機はトイレ便座にすわって 左壁に2個発見。

ユニットバスからでて いろいろ探検してゆきます。ちなみに ユニットバスの先にベットが設置されていて、 ベットの先に窓がありました。窓はカーテンではなくとを閉めると暗くなる方式です。

探検終えて いちろうくんの食事です。200ccの容器 コップ1パイの容器にすりきれ1ぱいのドックフードがいちろう君の食事です。 朝と夜の2食です。家を出るときに 200ccの容器ですくい取ったドックフードをびにーる袋にいれて2泊3日ですので 今日の夜 明日の朝 夜 帰りの日野朝の4食を用意してもってきました。

容器にドックフードをいれてやり水をまぜて さあ 食事!おいしそうに食べます。 いちろうくんの食事を終えました。ドックフードを入れていたビニール袋がからになりますが。いちろう君の排便の時に使います。

いちろうをつれてまずは いちろうくんんの排便の時間ですので ホテルの外 駐車場で訓練士さん付き添いの元 排便をさせてからささ 私たちも食事です。 広島のおこのみやきを食べにでかけました。広島のユーザーさんご推薦の おこのみ焼き屋さんです。名前わすれました すみません。とってもぐが多く おいしかったです。多数の種類のおこのみやきをいただきました。

あとは帰っていちろう君の最後の排便をさせてあげて 今日も一日がおわりました。明日に続く

_ 映画 父と暮らせば上映会開催にあたって

 映画「父と暮せば」は井上ひさしの脚本を原作とし、2004年に黒木和雄監督のもと、宮沢りえ、原田芳雄主演で製作されました。 舞台は原爆投下から3年目の広島で、自分一人が生き残ってしまったことに負い目を感じ、幸せになることを拒んでしまう娘が、原爆で死んだ父親の幽霊との対話によって、未来への希望を取り戻していく様子を描いた作品です。 黒木和雄監督は自らの戦争体験をもとに、1988年の「TOMORROW/明日」、2002年の「美しい夏キリシマ」に続く、「戦争三部作」としてこの作品を完成させました。 いずれも戦闘シーンの全く出てこない戦争映画で、人々の日常生活が戦争によっていかに破壊されてしまうのかを、心に迫る映像で描いた作品です。キネマ旬報主演女優賞、毎日映画コンクール監督賞、ブルーリボン賞主演女優賞、報知映画賞助演男優賞、日刊スポーツ映画大賞監督賞、山路ふみ子賞映画賞、同女優賞、日本映画ペンクラブ賞日本映画一位など、各種の映画賞も軒並み受賞し、非常に評価の高い作品です。 今年は戦後六十年、被爆六十年の節目の年です。その六十回目の原爆記念日である8月6日に、松江でこの映画を上映することは、戦争と平和について、私たち一人一人の生き方を考える上で、大きな意義があると思います。 また、今回講演をしていただく佐藤忠男さんは、映画評論家、教育評論家として大変有名であり、1990年よりアジアフォーカス・福岡映画祭のディレクターをつとめ、1996年より専門学校日本映画学校の校長をつとめるなど、活躍しておられます。日本映画、アジア映画の評論においては第一人者であるといえます。こうした方に、「父と暮せば」をはじめとする黒木和雄監督作品について講演していただくことは、この映画をより深く理解し鑑賞する上で、大変有意義なことであると思います。 今回、私たちは託児、磁気ループループ(補聴器利用の方々のための音声がよく聞こえる設備)、副音声(視覚障害をお持ちの方々のために画面のようすをくわしく伝えるための声による説明)、要約筆記(聴覚障害をお持ちの方々のための字幕)や手話通訳(講演会)などにより、「完全バリアフリー」上映会を目指しています。近年、障害者問題を扱った映画上映に際してはバリアフリー化が図られるようになってきていますが、それ以外の映画上映では、なかなかバリアフリー化が広まってはいません。しかし本来、障害者だからといって、障害者問題以外のテーマの映画は観ることができないというのでは、「バリアフリー」とはいえません。私たちはこの映画を心身障害者を含む、できるだけ多くの人に見てもらいたいと考え、「完全バリアフリー」上映会として開催したいと思っています。「父と暮せば」松江上映実行委員会「父と暮せば」松江上映会http://h1945.kineko.net/

みなさま よろしくお願いいたします。ぜひ おこしください。としまるでした

_ 映画評論家 佐藤忠男さんをかこむ会

三輪@映画 父と暮らせば松江上映会実行委員会です。

アムネスティー・インターナショナル松江グループさんより 皆様に prです。http://www.enjoy.ne.jp/~kusushi-4/amnestymatue.htm

映画評論家 佐藤忠男さんをかこむ会8月7日(日)10時〜14時半(昼食休憩ふくむ)創作自然食レストラン「まめや」2階交流スペースにて(松江白潟天満宮北20M 電話0852−60−1831)

佐藤忠男さんは日本を代表する映画評論家で、教育評論家としても活躍されています。『日本映画史』『大人になるということ』『いま学校が面白い』『キネマと砲声・日中映画前史』『自分らしく生きていけないのはなぜか』『戦争はなぜおこるか』『映画から見えてくるアジア』『映画で読み解く「世界の戦争」』など多数の著書があり、1990年よりアジアフォーカス・福岡映画祭のディレクターとして、アジア各国の映画を日本・世界に紹介してこられました。日本映画、アジア映画の評論では第一人者といえます。今回は佐藤さんをかこんで、映画と人権、映画の見方、少数者の描き方などについて、じっくりとお話をうかがう予定です。

ハンセン病療養所入所者の現在をえがくドキュメンタリー(日本映画学校学生卒業作品)『熊笹の遺言』ビデオ上映あり 『熊笹の遺言』(監督今田哲史さん 2002年作品)は日本映画学校生徒の卒業作品のひとつで、群馬県草津町にある国立ハンセン病療養所栗生楽泉園にくらす、谺雄二(70)さん(ハンセン病国賠訴訟全国原告団協議会会長)など、入所者の方々の現在をえがいたドキュメンタリーです。横浜国際映像文化祭2003年学校対抗部門グランプリを受賞し、東京や大阪の映画館で一般公開されるなど、全国各地で上映されています。 日本映画学校は1975年映画監督今村昌平さんが設立。1996年より佐藤忠男さんが校長をつとめておられます。生徒の卒業作品には『ファーザレス/父なき時代』『あんにょんキムチ』『home』など、各地の映画祭で高い評価をえたものが数多くあります。参加費3000円(昼食代1000円ふくむ)8月5日(金)までに要予約(電話・FAX0853-22-5479)または8月6日(土)映画「父と暮せば」上映会場(プラバホール)にて申し込みが必要主催 アムネスティー・インターナショナル松江グループアムネスティー・インターナショナルは世界各国に100万人以上の会員がいる、世界最大の民間人権団体です。1977年にはノーベル平和賞を受賞しました。

 今田哲史監督の『熊笹の遺言』は、草津の国立療養所で生活しているハンセン病後遺症の老人たちを描いたドキュメンタリー作品である。 ハンセン病の人々を描いた映画やテレビ作品はこれまでにもかなりあって、私は映画評論家として、その多くを観てきているが、この作品は中でも画期的な新しさを持つ秀作だと思う。 というのは、ここに描かれている後遺症の人々が、みなさん人間的に実に魅力的で、こんなにチャーミングなおじいさん、おばあさんたちは広い世間にもそんなにはいないと思われるほどだからである。スクリーンで見ただけの人々にこんなに親しみを感じるということは滅多にないことだ。 それはもちろん撮られているご本人たちの人柄から発する美点であるが、それを撮った今田監督などの若者たちが、若さの純真さで素直に率直に相手に向かっていったことで、この方々に温かく受け容れられ、親しい人間関係が作られて、その人柄の良さが自然にあふれ出たのだとも言えると思う。 じつはこの作品は日本映画学校という専門学校の学生たちの卒業制作として作られたものなのである。そういうと幼い素人っぽい作品だと思われるかもしれないが、この学校の卒業制作作品にはあとで劇場でロードショーされた映画も何本もあって、技術的な水準はプロに劣らない。 たんに劣らないだけでなく、題材によっては作り手たちの若さと純真さが、なまじのプロにはすんなり入ってゆき難い世界に素直に入ってゆける条件になって、これまでにない新しい眼で対象を見直す作品も生れている。『熊笹の遺言』はまさにそういう作品であると思う。  (佐藤忠男)

佐藤忠男さん経歴

・ 1930年新潟市生まれ(75歳)・ 国鉄、日本電信電話公社などで働きながら「映画評論」「思想の科学」などの雑誌に論文を投稿し、1956年に最初の評論集を発行、映画評論家、教育評論家として活躍。・ 映画批評を中心に教育問題、文学、演劇、テレビ、マンガなどの大衆文化についても幅広く評論活動を展開。・ 今日までの著書は100冊以上。主な著書は『日本映画史』全4巻、『大人になるということ』『いま学校が面白い』『伊丹万作「演技指導論草案」精読』『黒澤明作品解題』『小津安二郎の芸術』『キネマと砲声 日中映画前史』『長谷川伸論・義理人情とはなにか』『自分らしく生きていけないのはなぜか』『戦争はなぜ起こるか』などがある。・ 妻の佐藤久子さんと共同で個人雑誌「映画史研究」を発行。・ 1989年、映画による国際交流に貢献した功績により妻の佐藤久子さんと共同で川喜多賞を受賞。・ 1990年よりアジアフォーカス・福岡映画祭のディレクターをつとめている。・ 1995年、芸術選奨励文部大臣賞、紫綬褒章受賞。・ 1996年より専門学校日本映画学校の校長をつとめている。・ 2002年、長年韓国映画を励ました功績により韓国文化勲章を受章・ 映画「父と暮せば」と黒木和雄監督作品については、岩波ホール発行の「父と暮せば」プログラムに作品研究が掲載されている他、各方面で論文を発表。また、当日の予定は大雑把には以下のようです。午前中(10:00より開始)1時間ほど、ビデオを視聴。後、佐藤さんの解説、質疑応答。12:00より、昼食。佐藤さんと歓談しながらの食事希望の方は佐藤さんのしまのテーブルへ。。。13:00より午後の部開始。自由討論。(14:30まで)

皆さん、お聞きしたいことなど遠慮なく当日質問してください。大雑把には、「少数者と映画」「ドキュメンタリーと映画」「教育と映画」などについて柱にお話していただく予定です。

以上 としまるでした

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]
_ 山本年博 (2005-07-18 11:40)

楽しそうですね。


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