2005-11-20 「共に生きる」3
_ 「共に生きる」3
としまるです。隠岐から帰ってきました。 1泊2日で隠岐へでかけてきましたが、 行きは雨も激しく降っていました。 海もすこしあれていました。 波は3メートルくらいでしょうか? でも フェリーの中ではそんなにゆれませんでした。また、 酔い止めの薬も飲んで乗りました。 今日は朝から最高の天気です。 きもちの良いほどの暖かいいちにちで、午後1時過ぎの高速船 レインボーにのってかえりました。隠岐のお友達の皆様がたくさん着てくださり e-ともネットしまね オフ会大成功でした。 みなさまありがとうございました。
すべて パソコンとインターネットのおかげです。 友達たくさん 隠岐でもたくさんのみなさまとおあいしてきました。みなさま ありがとうございました。
さてさて「共に生きる」3 すこし 昔の話も書いたりします。
私はなんで 病院にいるのかなぜベッドにねかされていたのか気がつかなかったです。記憶がいっさいありませんでした。考える事をいっさいできなかったように思います。 いわれる言葉を うんうんと うなずいていたよううに思います。 事故にあった事や救助の作業車にすくいだされた事などいっさい記憶になく 担当医の先生や妻が 一語一語心をこめて語る言葉に うんうんとうなずいていたとおもいます。 考える事もできなく・・・。 これは夢だろうか なにかがおかしいなとゆうような感じでした。
昔、若い頃の話を書きます。 昭和45年ころですが、18歳頃です。社会人になり サッカーのチームを有志でつくりました。 名前は「松江湖陽クラブ」とみなで名前をつけました。 27歳ころまで日曜日になるとサッカーの試合にもえていました。 私の守備は ゴールキーパーでした。 とんでくるボールを手で受け取り胸の中に抱え込む。 きわどいボールはジャンプとともに手ではじきとばす。 みぞれの中の試合を思い出します。 寒さのなかでゴールキーパーは 玉がとんで来ない時は 寒く、 玉がとんできたら 水たまりのなかでも ボールにくらいつき 体をはってふせがねばなりません。 冬場の試合はみぞれのなかで 水たまりのなかに飛び込みます。どうしよう。 寒いな やだなー など 迷いにまよって 冷たい水のなかに飛び込んだ事など思い出します。また、 冬場の傷は いたいです。 よくけがもしました。どうしよう みぞれの中野試合、 水の中にとびこもうか たぶん すりきずをしていたいだろうななどの迷いを感じながらの試合もありました。
市リーグから県リーグに1度上りましたが、 1年でおちました。とほほほほ
ほとんど市リーグでたのしくスポーツに燃えていました。キーパー どじが多かったです。 スランプもながくつずきました。 ボールを体で防ぎ できるだけ遠くのみかたに玉をとばしてやらないといけませんが、一度地面にボールを落とし 地面から跳ね上がったボールをちからずよくキックします。 きもちがよいほどボールがとんでゆく事もありましたが、スランプになると力がはいりすぎ 地面からはねかえったボールに足があたる位置もわるく ゴロで跳んでいったりして あわてた事もよくありました。仕事は営業関係でしたが、 [toto]トイレの水回り関係です。 営業と 現場の配達など、 上記かきましたとおりで、スポーツマンタイプです。
体力はありましたし、 筋肉質でした。それらも命を救ってくれた原因ではないかなと 感謝しています。「松江湖陽クラブ」サッカーのチームですがクラブはまだ残っているでしょうか?と思ったりします。
現在の私は 筋肉質から 脂肪質にかわりました。 視覚 目が不自由な事は 動きも遅くなります。 外にでると危険も多いです。
つずく