2005-11-28 「共に生きる」6
_ 「共に生きる」6
左目の摘出手術を受けました。事故で頭も強く打っていると思います。ふかく考える事もできませんでした。左目の摘出手術を受け、安定後 大阪に向かいます。大阪阪大で 右目の網膜剥離の手術を受けるために向かいました。大きな病院です。 妻と一緒に行きました。 大阪の病院にも多数の親戚のみなさんをはじめ、多くの友人もきてくださりました。毎日のように、大阪の親戚のみなさまがお見舞いに来てくださりました。その中に子供の頃から大好きだった叔父もいますが、 叔父はもういません。
先生から手術の事について聞きました。 網膜剥離の手術後、2週間くらい、下を向いて生活しないといけないとおききしました。 2週間下をむいての生活 手術を受けられた方からは それはそれは大変だとおききしました。 上も横も向けません。寝るのも下をむいたままだそうです。 ひたすら 下をむいていないとまた網膜剥離をするそうです。ガス化なにかを入れていて 上や横をむくだけでも 手術後の安定をたもつためのガスが漏れたらいけないとか いまはもう記憶はさだかではありません。
期待を持って手術をうけましたが、 手術後ベットで気がついたら上を向いて寝かされていました。上を向いて寝かされていただけで、それだけで、手術は失敗したのだなと思いました。網膜はタオルをしぼった形でかたまってしまっていて、それを伸ばす事ができなかったそうです。私ももちろんショックはありますが、 家族のとくに妻のショックは大きかったとおもいます。今から17年前 10月前半の頃だとおもいます。 手術も失敗し、また米子の医大病院に帰ってきました。つずく
久しぶりに日記を見ました。連載が始まってたんですね。すぐにバックナンバーを開いて最初から見ました。「大変でしたね」と言うのは簡単です。現実を受け止めて、そこから前へ進事は並大抵の努力でできる事ではありません。今「視覚障害者」のために頑張っていらっしゃる姿には頭が下がります。これからもどうぞよろしくお願いします。
山本さん おせわになります。
連載ですが、 先日点字毎日の てんきをこえてで記事が出たわけですが、 記者さんが帰られてから、いろいろと過去の事を思い出しました。
伝えきれなかった事や 後になって思い出した事
暇な時にすこしずつ書いてゆければと思って始めました。
山本さん
ありがとうございます。 こちらこそ今後とも宜しくお願いいたします。としまるでした