2006-01-18 「共に生きる」16
_ 「共に生きる」16
前回、平成1年に入る前の事を書きました。平成1年に入り 正月を開けて、永年勤めていた会社の有給休暇の日数や、特別休暇の日数も無くなります。平成63年の暮れには、会社からそのお話も有りましたので、会社を退職する日にちも決まっていました。 会社をやめたくない気持ちも心の中にはひしめいていました。 が、失明し目が見えなくなり、車の運転や、ペンを持って文字を書いたり書き写したり、視覚にたよってする事すべてができなくなりました。 勤めていた仕事が大好きでした。 会社の中での人間関係も家族的で大好きでした。 いよいよ自分の心の中に 思いを悔い止めし、会社の皆様に退職のご挨拶に妻とでかけました。 朝の朝礼の時間に今までの事を含めて 仕事の引き継ぎやすべてをみなさまが段取りよくしてくださっていましたし、 いままでの事を含めてお礼をいいました。 そして いままでほんとうにありがとうございました。 涙が止めどなく流れてきます。 会社のみなさまも たぶんそうだと思いました。 雰囲気で解りました。話し終えて帰るまで すすり泣きながら! 車に乗りました。 生涯で一番つらい出来事でした。
盛大に送別会を開いてくださりました。 妻も一緒に招いていただきました。皆様が気をつかってくださっている事が雰囲気でつたわってきました。 みなさまに感謝しています。
退職のご挨拶に出かけてからは、家に帰ってからも当分は落ち込んでいました。子育て 家の事 家族の事 今後の生活の事や 悩みも多くありましたが、そんな中でも 早く点字が読めるようになるように 点字を読む練習は繰り返していました。気持ちをそちらの方に向けていたかもしれません。
永年勤めていた会社とは今も親しくおつきあいをさせていただいています。会社に遊びにでかけたりしますし、みなさま とてもすばらしいかたたちです。命があって良かったな 失明してから18年目になります。 つくずくそう思い生活をしている 毎日です。
つずく
はじめまして、どん子です。
三輪さんの、「共に生きる」
わたしの心の中に、ポロンと一つたねが落ちました。
いろいろあって、嵐だった心の中に、芽が出ました。
やわらかい緑にあさつゆがひとつぶ。
少し前向きになれそうな、そんな気がしています。
どん子さん はじめまして
としまるです 書き込みをありがとうございます。
ともに生きるは まだまだ途中ですみません。 人という字 1と1がよりそい たくさんの人の支えで ささえられて生きている事や 心のユニバーサルデザインの必要性。それらが ひとにやさしいまちづくりにと続きますが 文章を書くのがへたなもので 連載が長期にわたり続くと思いますが こんごとも宜しくお願いいたします。
としまるでした